我が辞任の真相の深層
安倍前首相の手記が、文藝春秋の2月号に出ている。それが出る前に夫人の手記が、週刊新潮に出ていて読んだのだが、読後感がどちらも同じくらい呆れ果てるものであった。本人は果たしてこんなものを出しただけで、自身がやらかしたことの免責になるとでも思っているのだろうか?地元の支持が離れ、同僚議員を担ぎ出す動きさえあり、さらに追い打ちをかけるように、後援会事務局長を務めていた人物が他界し、その会社も畳まざるを得なくなった安倍前首相。出身派閥はもはや相手にしていないが、代わりに頼りたい麻生前幹事長から避けられている安倍前首相。秋波を送りながらも平沼議員や中川昭一議員の勉強会から距離を置かれている安倍前首相。しかし森元首相を念頭に、政治家として復権できると踏んでいる、KYキングの復権を許すのなら、今後もこのような無責任な政治家が出てくるだろう。こういう政治家は特に保守の政治家にはふさわしくないのだ。
その文脈において、テロ特措法の採決を棄権した小沢一郎代表の行動は、明らかに失敗であった。採決の棄権を安倍前首相に皮肉られたのだから。恥ずかしくないのだろうか?シーファー大使を前に反対を表明したパフォーマンスは何であったのか?もし「慚愧に堪えない」と感じているのなら、そのエネルギーを総選挙で安倍前首相にぶつけてもらいたいものだ。
では手記を見てみよう。
手記の内容は、簡単に言うと「弁明(それすらなっていないが)」の羅列の後で、「これからも頑張ります」と言っているだけである。
目を引く所と言えば、巷間言われていた持病の「潰瘍性大腸炎」について自ら話している点だが、それも潰瘍性大腸炎は、『加齢を重ねる(※普通は歳を重ねると言う)ごとに病状が緩和され』、『病状を劇的に改善してくれる新薬の開発も進んで』おり、親しい代議士の家族のお医者さんから効き目のある患者用食品を紹介してもらって、『将来の完治に向けて、希望を抱くことができるように』なったからだ。つまりもはや深刻だとは感じていないから話したのである。辞職後にこのように病気と向き合えたのならば、むしろいい機会であったと思うが、これらは総理在任中に既に進んでいた話であろう。辞任後に始めた訳ではないはずだ。
しかし初めて持病を明かしたのに、辞任の理由として語った『健康上の理由』の内実は、潰瘍性大腸炎ではなく、「機能性胃腸障害」と「ウィルス性腸炎」の併発で体力が限界にきてしまったこととある。そこに様々な要因(その中には潰瘍性大腸炎もある)からなるストレスが重なり、職務の遂行を断念させたようだ。潰瘍性大腸炎は、ファクトとして重要かもしれないが、コンテクストではさほど重要だとは感じられない。アジア外遊中に罹った「ウィルス性腸炎」は、胃腸が弱っている所に日本に比べ衛生状態の良くない所に言ったのだから、やむを得ないかもしれない。私にもそういう経験がある。むしろ「機能性胃腸障害」の原因こそが、辞任の真相ではないのだろうか?
安倍前首相は、自身が招請した現在の政治状況に関しては、反省の気持ちを一応は表明している。しかしどこか他人事だ。相手が「万事他人事」の福田総理だから親身な気持ちが起きないのかもしれない(票は麻生氏に入れた)が、同僚議員がこれを読んだらどう思うだろうか?例えば、『参院選は、自民党にとって、三十七議席という大変衝撃的な結果となりました』とか、『年金記録問題についても福田政権にさらなる十字架を背負わせることとなってしまいました』等等。自身が在任時にもっと早く年金問題に手をつけていれば、ここまでの状況にはならなかったと言う、自覚が感じられないのだ。しかも在任時を振り返って、『全面突破全面展開を欲張るのではなく、戦略的に優先順位をつける老獪さが必要だったかもしれません』と反省をしているのだ。全面展開にもかかわらず後手に回ったのだから、年金問題は、安倍前首相にとって眼中に無かったのである。彼が『老獪さ』を身につけていたとしても、年金問題は先送りされていただろう。選挙前になって慌てて泥縄式で弥縫策を講じたので、『さらなる十字架』となったのである(枡添・福田・町村のKYトリオによる失策はここでは述べない)。
またマスコミとの関係についても、『必要以上に緊張関係をつくり、良好なコミュニケーションを持つことができなかった』とあり、その原因として、『もともと挑戦的なスローガンをかかげ、マスコミと対峙すべきときには対峙してきた』ことがより反発を招いた、と述べている。しかし『挑戦的なスローガン』の中身が曖昧のままにして、強行採決を繰り返して教育基本法の改正や国民投票法案の成立をはかったその手法こそが批判の元であり、国民(=読者)が要求する社会保障制度の改善に一向に手を付けない独善的な考え方が反発を産んだのである。就任時の高支持率は、父親の無念さを知っている晋太郎番の記者たちが盛り上げた結果である。『良好なコミュニケーション』とは彼らとの関係を言うのだろう。都合の悪いことを聞かれると、同じフレーズを繰り返し、挙げ句取材を切り上げるのだからそれ以外の記者たちとまともなコミュニケーションができるわけがない。『対峙』とは月刊誌「選択」や週刊朝日や週刊現代に対する訴訟のことだろうか?都合の良いときだけマスコミを利用し(特に井上秘書官にはその考えが強かった)、都合の悪いことにはまともに答えようとせず、挙げ句訴訟も起こす。こんな強権的な手法を棚に上げて『良好』な関係を築きたいと言うのは、マスコミを舐めている証拠だろう。左翼よりも保守が強い点は、より論理的な点である。左翼は保守に比べ、情緒的・煽動的であるため、多くの人たちから普遍的な支持が得にくい。しかし安倍前首相は、保守に必要な論理を持ち合わせていなかったのだ。代わりに「システム(法律や制度)をまず作ってしまおう」という左翼的な手法を用いて保守政治を行ったために破綻したのだ。
KYぶりも完全復活したようだ。色々方便を駆使しているが、特に噴飯ものなのは、以下の下りである。
『準備不足のまま行った会見では、その他にも信じられないくらい大切なことを言い忘れてしまいました。国民の皆様への謝罪の言葉が抜け落ちてしまったのです。』
準備をしなければ、国民への謝罪の言葉を、会見で述べることができなかったというのである。しかもその他扱いだ。それより重要だったのは、『(自身の)健康問題』だ。辞任会見で「健康上の理由」で辞めることを言うか言うまいか最後まで悩んでいたそうだ。結局『局面を打開する』という言葉で押し切り(あわよくば小沢代表の所為にしようとし)、与謝野官房長官(当時)の会見で補足してもらったのだった。これだけ見ても一体誰のための総理大臣なのか、国民の認識と乖離していることは明らかだろう。
『国際社会では五十歳代のリーダーは今や常識となりつつあります』と七十一歳の老人首相に軽く嫌みを言いつつ、『保守勢力の拠り所として様々な勉強会ができることは有意義なことです』と(自分も入れてくれと)秋波を送る。再登板の意欲を滲ませている安倍前首相は、最後にこう締めくくっている。
『今後は、一議員の立場から、日本に本格的な保守政治を根付かせるための捨て石となって粉骨砕身してまいります。』
こう言うからには本当に『捨て石』になってもらわなければいけない。一般の国民や良識ある保守の人たちにとっては、徒花となってもらわなければいけない。復権を果たすつもりなら、『捨て石となる覚悟で粉骨砕身してまいります』となるべきだが、そのように宣言していない。また棚ぼた狙いなのか?
自民も民主も今度こそきちんとしたプロセスで総理大臣を(間接的と入っても)国民に選ばせるべきだろう。そのときにこの人物は候補にも入っていてはいけない。
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