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2008年5月27日 (火)

YASUKUNIの刀

遅ればせながら、本日『靖国 YASUKUNI』を観てきた。中国人監督が撮った映画なのに、あらゆる被写体に対して適度な距離を保ち、冷静に感情的に深入りせず中立的な視点で描かれた良質のドキュメンタリーだと思う。ただし助成に関しては、やはりしない方が賢明だったろう。宗教法人の管理者としての政府の一線を越えているように感じる。

感想の結論を先に述べるとー映画よりパンフレットの方が内容が充実している。

私が感じたのは、李纓監督が「日本に対してのラブレター」と主張しても、ある固定観念が通貫しており、それが靖国神社問題に対する深い掘り下げを妨げている、ということである。監督の狙いとしてあくまで表層だけを切り取っただけなのか、それとも中国人監督の限界なのか、映画を観ただけでは分からない。ただ日本についてあれほど勉強して、ここまでの作品を作っただけに残念ではある。

その固定観念とはー作品中の刀の扱い方である。

この映画の中心に据えられるのは、御歳90歳の現役刀工・刈谷直治氏である。彼は靖国神社に奉納する軍刀『靖国刀』を作刀する現役最後の刀匠だ。彼とのインタビューを中心に、「劇場空間」(李纓監督)としての靖国神社の風景を挿入し、当時のフィルムも交えながら、靖国に奉納される『靖国刀』の意味を問うてゆく、あらすじで言えばこんな所だろうか。私が違和感を感じている作品中の認識については、ちょうどパンフレットで映画評論家の佐藤忠男氏が文章化してくれているので、長いがそれを引用する。

(前略)そして日本人の言う日本刀の美とか精神とはなにかということをイメージとして問いつめていく。そしてそれは捕虜の首を斬る日本軍人というところに収斂してゆくのである。事実上近代の戦場で日本刀が用いられる機会はそれぐらいしかなかったはずであるし、戦争の残酷な面は軍の検閲が厳しかったにもかかわらず、捕虜を日本刀で斬る瞬間、斬ろうとする瞬間などはずいぶん写真に撮られており、それが早くから国際的にも出回って日本軍の残虐さの証拠として見られていた。
 その刀が今なお、じつは靖国神社の神体として用いられているという、日本人も殆ど意識していない事柄を明らかにし、そこに静かに認識を集中させて終わる。

刀は、太古は『(祭祀用の)神具』であった。古墳時代の銅剣などがそれである。これらは人を殺傷する目的で作られてはいなかった。刀が『(殺傷目的の)武器』として普及したのは、武士の時代からであった。ただし『(祭祀用の)神具』が『(殺傷目的の)武器』に取って代わられたのではなく、前者は神道の儀式にずっと使われ続けていたのである。魂(祀る対象)はものに宿り、それは木であったり、土地であったり、動物だったりと何でもあった。八百万(やおよろず)もいた訳だから。劇中の『靖国刀』もその一つである。民間伝承としての神道である。

平安時代の末期の混乱から、鎌倉時代になって武士が政治を行う武家社会の時代になった。戦国時代を経た江戸時代も武家が主役で、その時代はずっと刀は『(殺傷目的の)武器』であった。しかしそれも明治時代で終わる。士族身分が廃止され、廃刀令が出されたからだ。『(殺傷目的の)武器』としての刀の役割は終わった。近代戦の主役は銃である。ちなみに廃刀令を実施した責任者は、帯刀を許されないほど身分の低い武士だった山県有朋である。彼のコンプレックスはこれで晴れたのだろう。

パンフレットには、靖国神社の歴史として、近現代史が掲載されているがそこに廃刀令の記述が落ちている。刀をテーマに据えているのだから当然あるべきと考えるのだが、意図的なのか、見落としているのか記載がないのである。そしてパンフレットのコラムに、『靖国刀』の解説として財団法人日本刀鍛錬会の記述がある。そこには設立目的としてこう記されている。

「国粋たる日本刀を鍛錬し、主として将校、同相当官の軍刀の整備」を目的に設立

つまり日本刀は「国粋」のシンボル(の一つ)になり、エリート軍人にのみ与えられる(下賜される)勲章となったのである。これを『勲章としての刀』と呼ぶことにしよう。年表から廃刀令の記述が落ちているために、この財団の意味つまり刈谷氏の刀工としてのレゾンデートルがあやふやになってしまっているのだ。映画でも触れているように刀は全て、職人の手によるものである。量産できない、つまり近代戦争用の武器としては本来なりえないものなのである。そして現在の刀は、専ら『美術品(としての刀)』である。

李纓監督は、これらの区別なく全て『(殺傷目的の)武器』として刀を捉えている。武士のイメージが強いのだろうか。一方で刈谷氏は、(現在は)『(祭祀用の)神具』としての刀を作っているという認識である(当時は『勲章としての刀』を作っていたかもしれない)。監督は、藁束を日本刀で真っ二つにする映像を見ながら、刈谷氏に『(藁束は)胴体(模したもの)として』とか『人を斬れますか』とか語りかける。刈谷氏はそれに対し『そりゃあ斬れるさ』と言う案配で応じる。刈谷氏は業物(わざもの)を作っているのである。模造刀ではない。斬れるに決まっている、という認識である。つまり監督はその映像を「目的(のシミュレーション)」として捉えているのに対し、刈谷氏は「機能(能力)のデモンストレーション」として捉えているのである。監督と刈谷氏の間で齟齬があるとしたら、それはこの認識のちがいのように思われる。

映画では、刀が出てくる象徴的な映像や写真を使っている。勿論監督に上記の区別はないが、これに従うと下記のように分類できる。

『(祭祀用の)神具』としての刀:『靖国刀』全て
『(殺傷目的の)武器』としての刀:日本軍人が中国人捕虜を斬る写真全て
『勲章としての刀』:参拝する軍服姿の右翼が振るう日本刀、昭和天皇及び軍人エリートが帯刀する刀、特攻隊が(絶対に使わないにもかかわらず)特攻するときに携行した刀など

分類しづらいのは、(軍事教練としての)剣道や軍人が訓練において真剣で藁を切り伏せるシーンである。上記のどれでもないが、帝国軍人の主な武器は銃であるから、刀にフィーチャーした教練の映像の挿入は意図的であろう。そして百人斬りの将校が携行している刀は、『(殺傷目的の)武器』とも『勲章としての刀』ともとれる。ちなみにこの記事は、執筆者本人が「捏造記事である」と認めているが、掲載した毎日新聞自身は反省らしい反省をせず、戦犯として処刑された両名及び遺族の名誉を回復するための裁判が今もなお続けられている。私自身は、軍人たちが水戸光圀公の『容易に汚す勿れ』という言葉を裏切り、汚したことを否定するつもりはない。話にも限度があろうということだ。どちらともとれるとはそういう意味である。

そして『(殺傷目的の)武器』としての刀を象徴する写真は、全て東中野修道氏が、著作の中で検証し、「捏造写真」と判定した、現在真贋を問われている写真である。映画で使われた写真の中には日本刀ではなく、青龍刀を使っている写真もあった(明らかに刈谷氏の作っているような刀と違う)。一部右翼が街宣をかけた理由が、これらの写真の使用であった。

刀は全て『(殺傷目的の)武器』という監督の捉え方だと、この映画は、「靖国神社=WAR (World War 2) SHRINE」という文脈以上のものではなくなってしまうのである。これでは第二次世界大戦との関係でしか靖国神社をとらえられない。つまり中国や韓国といったアジアの国の人たちが持つ印象だ。これらは朝日新聞を読めば足りる(笑)。しかし靖国神社の存在の本質に迫りたいのであれば、東京招魂社としての建立という始まりまで、(日中戦争よりも)歴史を遡らなければならない。

現在先の大戦との関係と言う点で靖国神社が捉えられていることが殆どだが、この理由としてはアジア各国の反応もあるが、246万6,532柱の殆どが、先の大戦の戦死者という事情にもよる。この捉え方は、靖国神社にとっては一側面でしかなく、この文脈で全てを語られることは、靖国神社の本来的な歴史と言う意味で靖国神社側は不本意に思っている。だが日本戦没者遺族会が、靖国神社最大のスポンサーであることもあってこの状況を受忍せざるを得ないのが実情だ。

映画の中で(亡き父を合祀された)菅原龍憲住職が、日本政府から贈られた勲章に対していみじくもこう述べている。

『(前略)だけど国の方は勲章を与え、名誉の戦死だと言う。まさに遺族の思いは居場所を失うわけですね。(勲章贈与には)そういう倒錯した構図があると思います。』

刀の分類がきちんとなされていたならば、この倒錯した構図がもっと立体的に浮かび上がってくるはずである。刀は明治維新直後に武士の「武器」ではなくなっていたのだ。そして刀は天皇から賜る「国粋」となった。李纓監督のイメージする刀は、実は「武器」と言うよりは「国粋」なのである。そして菅原住職の言うところの、「そういう倒錯した構図」こそ、この映画を通じて、日本人に考えてもらうべきことではないだろうか。勲章を与えること、軍刀を下賜すること、そして靖国神社に合祀すること、これら全てに通貫する(政治的)思惑があるのである。『靖国刀』と軍人が帯刀した刀は全く別物なのである。詳しくは別稿に譲ろうと思う。

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コメント

関市の刀で渡辺兼永の昭和13年3吉日作の日本刀をもっています 脇差しですが靖国神社にある靖国刀と同じものと関市の刀工の藤原兼房兼房刃物の社長譲りうけた時に聞きました

投稿: 柴田敏也 | 2009年3月12日 (木) 01:13

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