YASUKUNIの凱旋
これは前回の『YASUKUNIの刀』の続きです。
私が『靖国 YASUKUNI』を観ようと思ったのは、無論上映中止騒動があったため、映画に関心を持ったわけだが、あれだけ騒いでおきながら、報道したメディアはどこも総括しようとしないのは、不思議ではある。言論の自由の観点から『怪しからん』で終わってしまってよいのだろうか。この騒動で利益を得たのは、言うまでもなく映画制作者側である。出不精の私を映画館に誘ったくらいだから。
一方不利益を蒙ったのが、「右翼」とされている。彼らのイメージが落ちたからだ。
これは、週刊新潮の報道に触発され、国会議員有志による事前上映を要求し、「映画は上映されるべきだ」と言ったにもかかわらず、これが騒ぎになって上映中止を決める映画館が出てくると、「そういう勢力(右翼勢力のこと)が入ってくることは迷惑だ」と逃げてしまった稲田朋美議員に大きな責任がある。彼女は、自分が映画に出ていることが気に喰わなかったのかもしれない。このことは「紙の爆弾6月号」で、右翼団体一水会の岸本康浩氏が、憤りを以て語っている。「右翼に対する風評被害だ」と。また彼は、映画館に対する(右翼団体や左翼団体・宗教団体等、つまり集団による)抗議活動も「弱者を脅しているようであり、卑怯ではないか」と斬って捨てている。
ちなみにこの稲田議員、小泉チルドレンのご多分に漏れず次の選挙がやばい。現時点で当落線上にあるようだ。その上、支持基盤の「そういう勢力」の支持も失いつつある。しかも分析した週刊誌によっては、彼女の選挙区に日本共産党が候補を立てないことが予想されており、この場合は完全にアウトである。
では街宣活動の実態はどうであったか。
ここで参考にさせていただくのは、またまた「紙の爆弾6月号」で、何と街宣をかけた張本人である、右翼活動家・高崎琢郎氏と右翼団体大日本神民塾塾長・五十嵐博臣氏にインタビューしている。中止の引き金になった街宣をかけたのが高崎氏で、上映中止当日に街宣をかけたのが、五十嵐氏である。
高崎氏の街宣とは、次のようなことであった。
街宣車1台、人数はたったの3人で制作会社龍影(Dragon Films Inc.)と配給会社アルゴ・ピクチャーズ、上映予定映画館(当時)の銀座シネパトスにそれぞれ赴き、映画に関して抗議した。理由は、南京大虐殺の写真(とされている写真)を映画中で使っていること。また街宣ではないが、文化庁と渡海文部科学大臣にも抗議を行っている。高崎氏は、映画館でのやりとりを口述しているが、映画館の人に「上映を止めてくれ」と言うと、その人が「上の人(支配人か?)とやるかどうか話し合って決めます」と回答し、それで上映中止が決定したとのことだ。ちなみに彼はシネパトス以外の映画館には街宣活動を行ったとは言っていない。従って上映を中止した他の東京の映画館は、自主的に上映を中止したと思われる。
ちなみに彼ら以外の行動の他にも、上映を中止するよう抗議の電話が、映画館にはあったと思われる。ネット右翼の仕業なのだろうか?ただ過激な要求は、映画館側が警察に届けを出すはずなので、あったとしても比較的穏当な要請であったと想像される。
つまり朝日新聞等で報道されていたような、オドロオドロしい街宣とはかけ離れたものであるのが実態のようである。それを稲田議員が「(街宣をかけたのは)そういう勢力」と総括してしまったために、あたかも右翼勢力が大挙して圧力をかけたようなイメージが広がってしまったのだ。勿論報道各社も実態を確認せずこのように扇動的な報道をしたのであれば、問題である。
ちなみに映画『プライド 運命の瞬間』(1998年)が上映されたときは、今回とは全く逆のことが起こった。(上映前から)中国と韓国から「上映するな」と圧力がかかり、左翼団体は上映中止を求める大規模なデモ行進をやった。この中心にいたのは映演労連の高橋邦夫氏で、あろうことか『プライド 運命の瞬間』が、自分が所属する映画会社(東映)の作品にもかかわらず、しかも制作者として関わりもないのに、脚本の差し替えを要求する等、およそ映画人とは思えない行動をしている。高橋氏は、今回の騒動でも国会議員向けに事前上映を認めた文化庁に対し、抗議の文書を送っている。国会議員が、国からの助成金を受けた映画を事前に観ること(そしてそれを要求すること)は罪でもなんでもなく、国会議員としての当然の行動である。それを観終わった後、上映中止を働きかけたりしたら、そこでその国会議員に対して抗議すれば良いのである。映演労連は、労働組合である前に「映画人」であるべきだ。映画の内容によって「上映を中止しろ、するな」と主張を変えるのであれば、組合の名前から「映画・演劇」を外してほしいものである。
高崎氏と五十嵐氏は、インタビューの中で、「言論の自由の範囲で運動をやっている」と主張する。現時点で彼らが威力業務妨害罪や脅迫罪、迷惑防止条例違反等で手錠が回っていないことから、彼らの談話は信憑性があると見てよいだろう。映画「南京 1937」(1998年)の上映中に起きたスクリーン切り裂き事件のような暴力的抗議は今に至るまで『靖国 YASUKUNI』に対しては発生していない。
これが事実なればこそ、アルゴピクチャーズも安心して配給できるのだ。
私はどんな映画であれ、まず上映し、批評はそのあとでよいと考えている。だから事前に上映を阻止したり、勝手に上映を中止したりする映画館の行動には反対だ。
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